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  • 2013.03.24 Sunday
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みてござる

 
おはようございます。

元気ですか!!


私は・・・
 

何度同じ映画を観ても、
 
何度同じかたのお話を聞いても、
 
何度同じ本を読んでも、
 
そして、毎日の職場の風景も、
 
違うことに気づける自分を目指しています。



では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!


「愛」はなくてはならないかというと

「愛がなくては、きっと生きてはいけません」と僕は言わざるを得ません。



なぜなら、お金があっても、豪邸に住んでいても

ベンツやロールス・ロイスのような車を所有していても

みんながうらやむような美男・美女と結婚していても

「無条件の愛」がなければむなしい人生だと思うからです。



だって、

「きみがお金持ちだから

きみがすごい家に住んでいるから

きみがいい車に乗っているから

きみが美男・美女だから」

などの理由だけで

好かれて、きみ自身を愛してくれないのだとしたら、

寂しいはずです。



理由もなく優しくしてくれる友だちがいるから、生きていける。


理由もなく気にしてくれる先生がいるから、生きていける。


理由もなく愛してくれる家族がいるから、生きていける。



それが人というものだと思います。



だから、人は失敗しても、欠点や弱点があっても

自分のことが嫌いになることがあっても、

それでも

自分のことを自分で受け入れて生きていけると思います。



だから、「愛とは生きる理由」かもしれません。



きみにお願いしたいのは

「理由もなく、友だちや、先生や、家族を大切にしてあげてほしい」

ということです。


出典

「どうしたら、人生は楽しくなりますか?」

林恭弘著
総合法令出版より



ではもう1つ


【みてござる】


大谷派浄信寺の西端(にしばた)春江副住職の心に響く言葉より…


佐藤義詮(ぎぜん)先生は立派なお寺の住職さんで、大阪の知事になられた方ですけれども、ある時大阪・船場の問屋さんにお説教に行かれるんですね。

その問屋の玄関に立った時、大きな扁額(へんがく)があり、平仮名で「みてござる」と書いてあったらしいのです。

上に上がられたら応接間にも「みてござる」、お手洗いにも「みてござる」、仏間にも「みてござる」の額が飾ってある。


それで、佐藤先生がご主人に

「珍しいですね。扁額はよう読まない難しい字が書かれてあるものなのに」

とお尋ねになったら、ご主人は次のような話を始められたのだそうです。


その方のお父さんは飛騨高山のご出身なのですが、小さい時に父親を亡くされて貧乏のどん底でね。

お母さんが「どうしてもおまえを養えないから」とおっしゃって、13歳で大阪に奉公に行かれるのです。


いよいよ明日は見知らぬ大阪に出発という日の晩、二人ともなかなか眠れない。

お母さんが「じゃあ、お話ししようか」と夜が白むまで子供にお話をされました。


「貧乏でおまえに何もしてあげられなかった。

何か餞別(せんべつ)をしたいんだけど、それもできない。

物を買うお金もないので、火にも焼けないし水にも流れない言葉をあなたに贈ります」

そう言ってお母さんが平仮名で書いて、少年に手渡されたのが「みてござる」という言葉だったんです。


少年はその言葉を持って大阪に出るのですが、やはり辛い船場でのご奉公があって、ある時淀川(よどがわ)の堤防を歩きながら

「辛いなあ、お母さんが恋しいなぁ。この川にはまれば楽になれるのに」

と思っていたら、ふと「みてござる」という言葉が頭に浮かんで少年を引き戻すんですね。

それからも、先輩からいじめられたり、いろいろ辛い体験をされるのですが、そういう時のお守りが常に「みてござる」だったといいます。


この方はやがて船場に店を張るまでに成功し、75歳でお亡くなりになられます。

臨終の場に息子たちや番頭さんを集めて

「いろいろお世話になりました。

私はおかげさまで成功できたと思うけれども、それには、やはり目に見えない私を引っ張ってくれるものがあった。

それが『みてござる』という言葉なんや。

どうか子々孫々に伝えて長くわが家の家宝としてほしい」

と言われたというんです。

『一流たちの金言 2』致知出版社



こんな言葉がある。

「みてござる

ご先祖さまがみてござる

慈悲のまなこでみてござる」


ご先祖さまや、天は、どんな時でも、やさしく見守ってくれる。

しかし同時に、「お天道さまが見ている」の言葉の通り、悪事も天は見逃さない。


雨の日も風の日も、道行く人を、手を合わせ拝んでいるのは、道端にひっそりと立つお地蔵様だ。

地蔵菩薩と言われ、災難や苦しみから、我々を見守ってくれているという。


「みてござる」

辛いときも、悲しいときも、きっと、だれかが見ていてくれる。













感動とは


おはようございます。

元気ですか!!


一生懸命取り組んでいる人には、
自分の未熟さがよく分かる。
 
だから・・・
更なる向上に意識がいくのです。
 
人間は不完全な存在であり、
それを謙虚に受け入れる姿勢が大事なのです。
 
驕り高ぶるのではなく、
常に前向きで向上心を維持するにも
この考え方が大切ですね。
 
一生懸命に生きている人には、
自分の至らなさが骨身に沁みてよく分かります。
 
言葉や頭ではなく、身体全体でひしひしと感じ、
生き甲斐や生きる目的にも繋がってくるようですよ。


では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!


『感動とは、動いた人だけが感じるもの』



もしあの時、勇気がなくて、何もしていなかったら。


もしあの時、開き直ってなかったら。


あの時、動いてなかったら。



もしあの時・・・




この感動味わってない!



だから感動。


もっともっと味わって欲しい。



不安はわかる。


自分に出来るの?


その気持ちもわかる。


食べていかなきゃいけないし・・・


それもわかる。



全部持ったままで


勇気を持って動いてほしい。


そこには必ず感動が待ってるから。



大丈夫。



動いてる人は仲間が応援してくれるから。


ほんと、仲間ってイイネ。


ひとりでは、不安で怖い道も

仲間とだったら歩いて行ける。


その先には、それを乗り越えた人にしか見られない景色がある。



もちろん、特別なことじゃなくていい。


今、なりたい、やりたいってことがあるなら、挑戦してみよう。


一度しかない人生、後悔しないように。


気がついたら、仲間がそこにいるよ。


絶対にね♪



ではもう1つ


【ゴディバ】
 

むかしむかし
 
時は11世紀
 
イギリスの町にレオフリックという領主がいました。
 

レオフリック領主は重税を課し、
 
市民を苦しめていました。


その妻の名前は、ゴディバといいます。
 

あまりにひどいと感じたゴディバ夫人は、
 

「重税を課すのはやめて!」
 

と。。。
 

しかし、夫は聞き入れてくれません。
 

「うるさいっ!口をだすな!」
 

ゴディバ夫人は、何度も何度も、お願いしました。
 

うるさく思ったのか、
 
レオフリック領主は、ある条件を出しました。
 

「お前が全裸で馬に乗り、街を一周するなら聞き入れてやろう!」
 

中世において、女性が人前で裸になること自体、あり得ないことでした。
 


領主は不可能な条件で黙らせようとしたのです。
 

しかし、ゴディバ夫人は考えた結果

 
「分かりました。
 
やりましょう」
 

と、条件をのんだのです。
 

条件を出したからには、領主は引けません。。
 

「領主夫人が私達の為に恥を絶えてくれる」
 

そんな噂が市民の間でながれ始め、
 
みんなは集まって話し合いをした結果
 

「せめて自分達は、その姿を見ないでおこう!」
 

と決めました。
 

街のみんなは家に入り
 
窓も閉めカーテンもしめて閉じこもりました。
 


約束通りゴディバ夫人は全裸で馬に乗り、
 
街中を一周しました。
 

こうして約束を果たした結果、課税される事がなくなりました。
 

GODIVAの創始者ジョセフ・ドラップスと妻ガブリエルは、
 

ゴディバ夫人の勇気と深い愛に感銘し、
 

1926年ベルギーに誕生した自らのブランドに、
 

「GODIVA」(ゴディバ)
 
の名を冠しました。
 

ゴディバのロゴマークには、
 
全裸で馬に乗った女性「ゴディバ」の姿があります。
 

その歴史が刻まれているのです。




 

運命は「口ぐせ」で決まる

 
おはようございます。

元気ですか!!


「やるか、やらないか」はあなたの気持しだい、

「できるか、できないか」はあなたの能力しだいではなく、

あなたの、覚悟しだい。


では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



たとえば、女性が二人で話していたとします。


そこでAさんがBさんに

「Bさん、いつもきれいねぇ」

と言ったとしたら、この言葉は誰に反応するでしょうか。


「きれいねぇ」と言われたBさんに反応するように思われますが

実は違います。


Bさんのことを褒めているにもかかわらず

その言葉はAさんに反応するのです。


つまり、言葉を発したAさんの脳が「きれい」という言葉を読み取り体に表現するのです。


ということは、褒められたBさんよりも、褒めたAさんのほうが

美しく、きれいになるということです。


このように考えると、言葉は使った人にご利益があるということがわかります。

これは、どのような場合にも、どのような内容にも当てはまります。


ですから、美しくなりたいと思うのなら

まわりにいる人を褒めまくればよいのです。


しかし、人を傷つけるような言葉や、呪うような言葉を使えば

それも自分にはね返ってきますから

日頃からいい意味をもつ言葉を使うように心がけるといいでしょう。


自分がいい気持になれる言葉こそ、自分を高めていくのです。


こういうふうに、どんなことであっても、言葉にして出したことは

全てそれを発した人間に返ってくるのです。

そう考えると、言葉というのは怖いものだということがわかります。


ここでもうひとつ大事な点は、褒められたBさんにも

実は少しだけご利益があるということです。


それはどういうときかというと、褒められたBさんが

その言葉を本気にしたときです。

ここが大事です。


本気にして信じると、Bさんにも3割ぐらいのご利益があるのです。


出典

【運命は「口ぐせ」で決まる】

佐藤富雄著
三笠書房より



ではもう1つ



中学生の女の子。

体の大きさは3歳ぐらい。

人の4倍のスピードで年をとっていく。

目がほとんど見えない。

耳もほとんど聞こえない。

歩くことも難しい。

そんな中、懸命に育てられているお母さんの姿に、ただただ涙が止まりませんでした。


レポーターの方が、お母さんに

「なんでいつも笑顔なんですか?」

と。

お母さんは、

「子どもは、敏感だから、私が機嫌が悪いと、すごく悲しい顔でオドオドしてしまう。

でも、私が笑ってると、娘も笑う。

同じ時間を過ごすなら、笑って楽しい時間を過ごさせてあげたい。」


「他の人の価値観はわからないけど、

私は、娘が笑ってくれるだけで幸せを感じられるから。」

考えさせられました。

ついついちょっとしたことで、子どもに対して、イライラしたり、感情的に怒鳴ってしまったり…。

一緒にいられること。

健康でいてくれること。

生きていてくれること。

生まれてきてくれたこと。

決して当たり前じゃないですね。

本当に大切なことに気づかせていただきました。


「私は、娘が笑ってくれるだけで幸せを感じられるから。」







「人を愛する」ということ

 
おはようございます。

元気ですか!!



いろんな味を楽しむために・・・
舌がある
 
沢山の音を聞くために・・・
耳がある
 
色々な出来事を楽しむために・・・
 
人生がある
 
だから・・・
苦しいこと、辛いことも、生きていなきゃ味わえない
 
生きているって有難いね(^−^)


では今日もいい話を2つ紹介しちゃうね!!



【ゴミ拾い】

ゴミ拾いを凡事徹底のひとつにしているけど、なぜだろうか?

大きく言えば、愛の体現をしてほしいからだ。

愛とは、思いやり
思いやりとは、相手の立場になって、モノを考えて、行動できること

郡上だと観光地だから、キミがゴミを拾うことで、
きれいな川と自然を満喫しに来る誰かが、嫌な思いをしなくてすむ
そして、キミの住む郡上という町を好きになってもらえる。

また、ゴミを拾うことで、何の見返りがなくても、
誰かのために何かをするという気持ちを養うことが出来る。

誰かのために・・・というのは、部活で役立つ。
チームプレーの基本がそこだ。

それは、誰も見ていなくても、しっかりと決めたことをやること
そして、小さなことを疎かにしないという大切な気持ちを養える

これは、人生で成功しようとしたら必ず身につけなければいけない素養だ。

そんな素晴らしい行動が「ゴミ拾い」だ。

そして、拾う時の合言葉
「人類のために」
「地球のために」を忘れずに(^^)

今日も、人生最高の一日のために、ゴミを拾って、
身の回りをきれいにして、すっきりと、熱く熱く熱く生き切ろう!



ではもう1つ


【「人を愛する」ということ】


いとこ(27歳男)が、大腸がんで死んだ。


その彼女は、従兄弟ががんと分かってから、仕事もあったのに毎日病室に訪れ付き添った。

結婚の約束もしていたんじゃないかな。


食べ物を、「お口アーン」とか、やり合ってじゃれてたり、がんが侵食して痛む従兄弟の腰や背中を、彼女がさすってあげたり。


そのころ、10代のガキだったせいもあるけど、従兄弟が死ぬなんてまったく想像つかなかった。

「きっとこの2人はあと数年もしたら結婚して、幸せな家庭築くんだろーな」

なんて、見舞いにいくたび幸せな想像しかできなかった。

普通にうらやましかった。


しかし、従兄弟の病状はどんどん進んでいった。

みるみるやせて、目ばかりぎょろぎょろになって、身内のわたしでも正視できなかった。

はやく終わってほしかった。人の命のもろさが怖かった。

でも彼女はずっとそばにいた。

従兄弟のやせ細った手を握って、抗がん剤の影響で、

ぼろぼろに禿げたあたまにかぶる毛糸の帽子を作ったり。


わたしは、怖くて怖くて病室にも入るのもいやで病室に入っても、彼女の後姿ばかり見ていた気がする。


従兄弟は、癌がよくなったらどこかへいこうとか、あれ食べに行こうとか今度の携帯の最新機種を買いたいとか、来ない日のことばかりしゃべった。


彼女は笑顔で、「絶対いこーね」「わたしあれ食べたい」とか、いってた。

気休めだろって思ったけど、彼女の目は本気だった。

今、思い返せば、彼女はほかにどうすることもできなかったんだと思った。


彼女も怖かったのに、好きな人を失うことが、きっと自分が死ぬ以上に恐ろしかったと思う。


年末に、癌が全身にまわり、肺に転移。

従兄弟は最初の意識不明に陥った。


医師は、「癌を抑える薬がある。しかし、一時的に抑える効果しかない。


苦しみがのびるだけ。私の子供が患者だったらこのまま死なせる」ときっぱり。


両親は、「せめて27歳の誕生日を迎えさせたい」と延命を望んだ。


横で、彼女はだまって、ふるえていた。


薬は効いて従兄弟は劇的に回復した。


彼女と温泉にいったり、近場に旅行いったり、新薬は2人に時間をくれた。


「癌が治った」とはしゃいでいたけど、一時的だというのは本人が何よりも知っていたと思う。


最後のときをすごす2人に、両親も親戚もなにもいわず見守った。


春、従兄弟が3度目の意識不明に陥った。


あまりの痛みに子供のように泣き叫ぶ従兄弟を、彼女と従兄弟の母親が押さえつけ、抱きしめた。


「ここにいるよ。ひとりじゃないよ」


彼女は、死の激痛にあえぐ従兄弟の顔にキスして、手足をさすった。


医師が死亡宣告し、遺体が自宅に搬送されるまで、彼女は従兄弟を抱いた。



何かにとりつかれたように嗚咽する彼女をみて

「人を愛する」って

こういうことかと思った。



彼女は、親戚の手前、通夜、葬式にも出られなかった。

毎年、従兄弟の墓参りには来ていた。

従兄弟が死んで数ヶ月あと、勤めていた会社をやめたことを聞いた。


数年たって、墓参りにもこなくなった。

最近、彼女が結婚し、1児の母になったことを聞いた。

寂しく思った反面、ほっとした。


幸せになってほしいと思う。




あるおばあちゃんの話

 
おはようございます。

元気ですか!!


強い人と言われる方の特徴・・・


それは「待つ」ことのできる人だ。



では今日もいい話を2つ紹介しちゃうね!!


「成功するための10の法則」です♪


1、知識より知恵を重視せよ

2、生涯にわたって学び続けろ

3、カネは奪われるが、知識や知恵は奪われない

4、逆境こそチャンスと心得よ

5、カネより時間を大事にせよ

6、権威を憎み、権威になるな

7、笑え

8、相手の話は自分の話しの2倍聞け

9、他人とは違う立場をキープしろ

10、元手のいらないことを始めろ


素晴らしいですね♪♪

7番目の“笑え”が素敵です♪


成功哲学者のナポレオン・ヒルさんは言います。


「百万ドル以上の財産を築いた人たち数百人を分析したところ、


彼らは全員、

すばやく決定し、

いったん決めた決定を変える必要がある時には、

ゆっくり時間をかけて変更するということがわかった。


一方、


財産を貯めることができない人たちは、

例外なく、

決心するのがとても遅く
(それも決心できた場合のことであるが)、

いったん決めたことを何回も、

すぐに変えるくせがある」





「金持ちになりたい一心から出発しても成功しない。

志はもっと大きく持つべきだ。


ビジネスで成功する秘訣はごく平凡である。


・・・日々の仕事をとどこおりなく成し遂げ、

私がいつも口を酸っぱくして言っている、

「商売の法則」をよく守り、

頭をいつもハッキリさせておけば、

成功は間違いなしである」


 by ジョン・ロックフェラー(アメリカの実業家)




ではもう1つ



【あるおばあちゃんの話】


「はぁー」

ため息がとまらない。

公園のベンチに座り、大きくうな垂れていた。


このところ、うまくいかないことばかりで何もかも嫌になった。


逃げ出したいと思い会社には行かずサボっていたのだ。

『ホッホッホッ』

頭の後ろのほうから笑い声が聞こえた。


ゆっくり振り返るとそこには、あるおばあちゃんが満面の笑みでたっていた。

『にーちゃん、どーしたんだい?

朝っぱらから元気ないの〜』

明るく話すおばあちゃんの笑顔に引き込まれ自分の今の状況を話してみた。


「なんだか上手くいかなくてさ…。

自分は努力してるのに周りの人たちは努力のドの字もしないんだ。

俺ひとりバカみたいで。


それに周りの人間が俺を避けているようで。。。

孤独なんだ。


もう俺なんて・・」


最後まで言う前におばあちゃんが笑いだした。


『ホッホッホッ

あんたもたんと頑張っているんだね〜

えらいえらい。』


『でもな。あんた、

周りの人達の努力を見ようとしてるかい?


努力しているのはあんただけじゃない。

相手も、相手なりに努力をしているんじゃよ。


あんたとは違う形で、違う努力の仕方をしているんじゃ。


相手の努力も、ちゃんと認めてやんしゃいな。

ひょっとしたら、相手も同じように思ってるかもしれんぞ。』


『それとな。あんた孤独だっていったけんど、

あんただけじゃないぞ。


人は

みんな孤独をあわせ持っているんじゃ。

しかし、
寂しさや孤独は目に見えないもんじゃ。

だから・・・。

自分の寂しさと同じように、

相手の寂しさも感じてみんしゃい。

そうすりゃ分かることがある。』


肩の力が抜け、ずいぶんと楽になった。


「おばあちゃんありがとう」そう言うと、


『ホッホッホッ』

大きく笑いながら行ってしまった。



「相手を感じる。か・・・

よしっ!




奇跡力

 
おはようございます。

元気ですか!!



「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人が多いような気がします。
悪習慣やこだわりのパターンに縛られた人生を「快適」と勘違いしていませんか?
 
変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、
悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いのだろうか?
 
きっとね・・・
「20年経てば、した事よりしなかった事を嘆く」
んだよね。
 
どちらでいきましょうか?
 
挑戦しない事をのちに後悔するか、
うまくいかなくても挑戦できたことに満足する自分になるか。
 
あなたが選択する事ですよ。
お互いに、挑戦する生を選択していきましょうか。


では今日もいい話を2つ紹介しちゃうね!!



あなたの家族、恋人、友人、

これからあなたが出会うであろう人々を大切にしてください。



たとえば、一日十人の人と会うとして、


世界の人口は約58億5000万人ですから


あなたが私に会うまでには、

単純計算で約160万年かかります。



あなたが今日会った人たちというのは、


5億8500万日分の一の確率で出会った人たちなのです。



あなたの家族、恋人、友人も、5億8500万日分の一の確率で出会い、


何かの縁で今のように深く付き合うようになったのです。



ですから、あなたの家族、恋人、友人・・・


これからあなたが出会うであろう人々を大切にしてください。




ではもう1つ



奇跡について、自分も、ありそうにもないことばかりで、

奇跡を望むなんて人生のムダと呆れたこともあります。

ところが、交通事故によって一度は植物状態に陥った妻が

奇跡的に回復するという体験をして以来、私はこの考えを改めざるをえなくなりました。


自分をかんがみて、というこだけの理由ではありません。


心を開いて周囲を眺め回してみると、

確かに奇跡が起こったとしかいえないような結果をえている人がじっさいにいます。


そして、偶然や確率の問題に帰すことができない奇跡が、

この世の中にはたくさんある起きていることに思いいたりました。


それは、一見すると、神の仕業としか考えられないような奇跡に違いありません。


しかし、それは当事者か当事者に非常に近い人間が、

その人に内在する脳力によって引き寄せた、

望んだ通りの結果である場合がほとんどです



奇跡としか思えないことを達成する人には、

3つの共通点があります。


1.自分を強く信じて疑わない心を持っている

2.成し遂げたいことを明確にしている

3.夢や目標を達成するために、戦術を考え実行に移し、それを積み重ねている


言葉にしてしまうと、これだけのことです。


奇跡を起こす人は、たった3つのことを共通の土台にして、

周囲の人があっと驚くような、犂饑彭な成果瓩鮴犬濬个靴泙后


このわずか3つが、奇跡を引き寄せる非常に大きな共通の基盤になっているということです。



奇跡とは、起こるのを待つものではありません。

奇跡とは、偶然ではありません。

それは、自分にもともと備わった能力を目覚めさせることで自ら引き寄せ、

あなたが起こすものです。


そのためには、この3つの共通点を深く理解し、

ただひたすら実践していくこと


『奇跡力』

井上 裕之 著
フォレスト出版 より



茶碗からこぼれたお茶

おはようございます。

元気ですか!!


「才能とは、無意識に繰り返される思考、感情、行動のパターンである。」と
書いてある本がありました。
 
「才能」とは「習慣」で創られたもの。
一つの事を、意識して何度も繰り返すと、
それはやがて意識しなくてもできるようになる。
 
楽器の演奏。自転車や車の運転しかり。
あげだしたらきりがない。
 
繰り返す事によって、意識から無意識へと移行していく。
ということは・・・
才能があるとか無いとかの表現は間違いだと思いませんか?
 
だって・・・
「才能」は、繰り返す事によって、身に付けるものですからね。
 
身につくまで繰り返せば・・・それが才能になる。
さてと、身に付くまで、毎日繰り返していきましょうか。


では今日もいい話を2つ紹介しちゃうね!!



人は不合理、非理論、利己的です。

気にすることなく人を愛しなさい。


あなたが善を行うと利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。

気にすることなく善を行いなさい。


目的を達しようとする時、邪魔立てする人に出会うでしょう。

気にすることなくやりとげなさい。


善い行いをしてもおそらく次の日には忘れ去られるでしょう。

気にすることなくし続けなさい。


あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう。

気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。


あなたの作り上げたものが壊されるでしょう。

気にすることなく作り続けなさい。


助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。

気にすることなく助け続けなさい。


あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。


蹴り落とされるかもしれません。


それでも気にすることなく最良のものを与え続けなさい。




ではもう1つ



【茶碗からこぼれたお茶】


ロジャー・フォン・イーク氏の心に響く言葉より…


グーテンベルグはブドウ絞り器と硬貨打印器とを組み合わせて、新しいアイデアを生み出した。

「いくつかの硬貨打印器にブドウ絞り器の圧力をかけて、紙のうえにその印がつくようにしたらどうだろう?」。

こうして導かれた組み合わせが、印刷機と組版である。


ノラン・ブッシュネルはテレビを見ながら考えた。

「ただ見ているだけではつまらない。テレビ受像機を遊び相手にして、反応させてみたい」

その後まもなく彼はテレビ受像機が打ち返してくるピンポン・ゲーム「ポング」を考え出し、ここからビデオゲーム革命がはじまった。


ある日ピカソが外に出ると、古い自転車が目にとまった。

彼はしばらくそれを眺めていたが、やがてサドルとハンドルバーをとりはずし、それらを溶接して雄牛の頭をつくったのである。


視点を変え、知識と経験を遊び相手にすることによって、私たちは平凡を非凡に、異常を正常に変えることができる。

グーテンベルグは、ブドウ絞り器がブドウだけを搾ること…「正解」…を忘れた。

ブッシュネルは、テレビ受像機と遊ぶというアイデアが「ばかげている」ことを忘れた。

ピカソは、自転車のサドルは腰掛けるものであるという「ルール」を破った。


知っていることを一時的に忘れる能力がなければ、私たちの脳は既製の解答で一杯になってしまい、新たな方向へ道をひらくきっかけとなるような疑問を持ち出すことができなくなる。

頭のこわばりをほぐすには、一時的にそれらを忘れ去ること。

いわば、思考の器を空にすることである。


「発明は、ほかのだれとも同じものを見て、何か違うことを考えることによって、もたらされる」

『頭にガツンと一撃』(城山三郎訳)新潮社



頭のいい学者が、ある有名な禅僧に会いに行った。

学者は、じっと黙っている高僧を相手に、口角泡を飛ばし、一方的に話しまくった。

充分時間が経った頃、高僧は学者の茶碗にお茶をそそいだ。

茶碗のお茶が一杯になっても、なお注ぎ続け、終いには床にお茶がこぼれ出した。

学者がそれに気づき、

「お茶がこぼれてます。もうおやめください」とはらはらしながら言った。

すると高僧は、

「あんたの頭の中はこの茶碗といっしょじゃ。頭の中は知識でパンパンで、とても人の話を聞く状態ではない」


誰かの話を聞くときは、自分の頭の中を空っぽにしなければ、何も入ってこない。

つまり、捨てること。

禅ではそれを、「放下著(ほうげしゃく)」と言う。

しがらみや、執着、知識や悟りさえ、捨て去れ、放り投げろ、ということだ。


一切の束縛やとらわれを捨て去ったとき、人は自由自在となる。

臨機応変、融通無碍(ゆうずうむげ)、縦横無尽、奇想天外だ。


誰かと同じものを見ても、何か違うことを考え出せるような、自由自在の人でありたい。




 


拝む

 
おはようございます。

元気ですか!!



起きた現象の結果は変えられませんが、
意味付けはいくらでも変えられる。
 
どれだけ前向きで、
次のシーンに繋げられるかですね。
 
そして、成幸者は結果をもとに、
即、行動を変えます。
 
瞬時に軌道修正し、
より充実した人生へと向かっていくのですね。
 
大事なことは・・・
結果を良くしようとするのではなく、
今の行動を良くすることです。
 
その積み重ねが、当初思い描いていたより、
より良い結果を生み出すようですよ。



では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



人は神代の時代から拝むという作業をしてきました。今でも世界中の人間が神仏を拝んでいます。

    
実は、人間の脳は拝む事によって本能の脳が変化するのです。それ故に、何をどのように拝むのか?

その拝み方によって心に変化が起こるのです。

「〜して下さい」や「こうなったらいいな」という拝み方は良くないのです。拝むので一番良いのは「感謝」です。欲をかくのではなく徹底的に感謝するのです。

感謝は自分を素直にさせるだけではなく凄いエネルギーになるのです。そして、感謝はストレスやトラウマを軽減させるのです。

神代の時代から人類が先祖や神を拝んできたのは、己の邪心や邪気を洗い流し、素直な魂を作ってきたのです。

あなたは今、感謝しなければいけない対象を拝んでいますか?

もし拝んでいないようでしたら拝んでみてください。きっとあなたの心の目が開き、同じことでも違って見える様になると思います。

犯罪を犯すものは感謝を忘れているからです。不満を持っている者は感謝を忘れているのです。人生に燃え尽きているものは感謝を忘れているのです。

あなたを救うのは誰でもありません。

心の中のもう一人のあなたの感謝心です。

人類は感謝によって救われるのです。



ではもう1つ



むかしむかし

神様と十二支の動物達が、仲良くくらしていました


ある日、神様が近ごろ動物達が元気がない事に気づき


動物達に言いました


「夢をもとう!」


神様のその言葉がきっかけに、動物達はそれぞれ夢をもった


龍は「天に昇る」という夢を


うさぎは「月に行く」という夢を


さるは「人間になる」という夢を


とりは「空を飛ぶ」という夢を


そして、動物達はそれぞれの夢を叶えていきました


けれども、犬だけが


どうしても夢がみつかりませんでした


犬は悩みました


「俺だけ夢がない、俺はダメな動物」


そこに、神様がやってきていいました


「犬さんは、ダメな動物なんかじゃありません


夢がなくても大丈夫です


夢がない時は


自分の目の前の“人”を喜ばせながらいきるのです」


神様の言葉に勇気がでた犬は、思った


「よし、これからは(周りの人を喜ばせる)ことを僕の夢にしよう」


「人を喜ばせる」事を、まっとうした犬は、


「人に一番好かれる」動物になっていった


それは、今の時代も変わっていない


おしまい






なんだかんだ言いながら

 
おはようございます。

元気ですか!!



あなたの前に扉が二つあったとしたら・・・

きっと、「辛い扉」と書いてある方を、あえて開けた方がいい時もある。

きっとその扉向こう側に、ワクワクの未来があるのだから。

人生色々です。顔晴っていきましょう(^−^)



では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



【善い縁を結んでおくこと】


安岡正篤師の心に響く言葉より…


世の中は、人間というものは、何がどういう関係を持つか計り知れません。

たとえば、自分は事業界に入った。

製鉄会社である。

だから、鉄関係の人々には交際する、鉄関係の書物なら読む。

その他の人間にはあまり用事がない。

畑違いの本は読まない。

…こんな考えの人間が多いものです。

こういうのを浅見というのです。

人世の因果の微妙複雑なことがわからない浅はかな人間です。


金融のために銀行に行って、いくら頼んでも金は貸さない。

百計尽きておる際、ひょっこり昔の友人に逢った。

「おう!珍しい。どうしてる?」

「自分はこんな始末だ」

「そうか、君なら何でもやりとげられる人物だ。

(こう見込まれる自分であることが何よりたいせつだ)

僕の親友に××がおる。彼は話がわかる。一つ紹介しよう」

…こういうことから、意外な道が開けることが、しばしばあるのです。


人生の出来事というものも、たとえば何が幸いであり、何が禍(わざわい)であるかは、容易に分からぬ。

凡俗の浅薄な考えで、これは幸福だ、これは禍だとすぐに決めるが、人生・自然・天・神の世界の真実・理法は、そんな単純な、あるいはいい加減なものではない。

「人間万事塞翁(さいおう)が馬」という諺(ことわざ)もあります。


平生から、およそ善い物・善い人・真理・善い教え・善い書物、何でも善いもの・勝れているもの・尊いものには、できるだけ縁を結んでおくことです。

これを「勝因」といい、「善縁」といいます。

とにかく、せっかく善い人に会い、善い書を見、善い話の席につらなりながら、キョトンとしたり、欠伸(あくび)をしたり、そっぽを向いたりしている人間はだめであります。

うつけ者です。

むしろ何でもないようなことでも、耳を傾けたり、目を光らせる人であったら、何か見どころのある人間なのです。

『運命を開く』プレジデント社



中国の四書五経の一つ「大学」の中に、こんな一節がある。


心ここに在(あ)らざれば

視(み)れども見えず

聴(き)けども聞こえず

食(く)らいてその味を知らず


心がうわついて、うわのそらの時は…

どんなに素晴らしい物をみても、その真実が見えない。

どんなに、善い話を聞いても、心にストンと落ちない。

最高に旨い物を食べても、まるで砂をかむようで味がわからない。


普段から、いかに、善きもの、善きこと、善き場所、善き話、善き人、と縁を結んでおくかは人生にとってとても大切なことだ。

しかし、どんなに素晴らしいものや人と接しても、始終、うわのそらで、キョトンとしている人間は、せっかくの縁というチャンスをものにできない。


何が幸せにつながるかは誰もわからない。

だからこそ、視野は広く持ち、ささいな縁も大事にする人でありたい。




ではもう1つ


ネットにあったいい話より♪


 〜〜〜


田舎の祖母が入院してるので実家に数日戻ってきた。


祖母はあんまり長くないらしい。


祖父母は九州に住んでて祖父は完全に頑固一徹の昔ながらの親父って感じ。

男子厨房に入らずを徹底して、晩酌は日本酒(必ず熱燗)・ビール・ワインをその日の料理と気分で飲み分ける。

当然、すべて祖母が準備。

熱燗がちょっとでもぬるいと、口を一度つけたあと「ぬるい」と一言だけ言い、

無言で祖母に温めなおすよう指示。

祖母は「すみません」と言いその熱燗をもって台所にいき、温めなおす。


祖父は祖母を怒鳴りつけるということはなかったが、

とにかく一貫してそんな態度だった。


小さい頃からこまごまとよく働く祖母を呼びつけて

「茶」だの「新聞とってこい」だの召使のように扱う祖父をみて、

なんだか理不尽なものを感じていた。


その反動か俺は小さい頃から母親の手伝いをよくやったし、

今も家事を積極的に手伝うようにしている。


その祖母が先月いきなり倒れたらしい。

検査の結果癌発見。

しかももう手遅れで、手術して無駄に体力奪うよりこのまま…という方針に決まった。


で、GW中は仕事が忙しかったので、

連休明けて仕事一段落して長めの休暇もらっていってきたんだが、

実家帰ってびっくりしたのが、祖父が連日祖母の病院に朝からいっているらしい。


ほとんど一日病室で二人で過ごしているそうだ。

病院にいったら祖父はいなかったが、しばらくしたら祖父が帰ってきて、その手には売店で買ってきたらしきプリン。

祖母が食欲が落ちてきたので食べやすいものを、と思って買ってきたらしい。


見ていると祖父が良く動く。


鞄から祖母の着替えを出したり、ちょっとした買い物やなんやと。

俺がそろそろ帰ろうかとしていると、祖父がいきなり

「そうだ。せっかくだから写真を撮ろう」といいだした。


祖母が「こんな痩せてガリガリの写真なんて撮らないでください。

葬式には若い綺麗なころの写真を使ってくださいね」と冗談めかしていうと

祖父は

「病人だし飯も食わんのだからガリガリなのは当然だ。

今のお前が綺麗じゃないという奴がいたら俺がぶん殴ってやるよ」と。



祖母は「まぁまぁ・・」なんて笑ってたけど、ちょっと泣いてたんだよな。

なんだかんだ言いながらこの二人は夫婦なんだなぁと思った。











試練は人を鍛える

 
おはようございます。

元気ですか!!



お金は、使えば使った分だけ無くなってしまう。
勇気は、使えば使うほど貯蓄される。
私たち一人ひとりが、産まれた時から全員持っている通帳がある。
 
「勇気」の銀行通帳だ。
 
口座には、無限の「勇気」が貯蓄されていて、
しかも使えば使うほど、「勇気」は貯畜されていく。
 
何か新しい事に挑戦しようとする時は、必ず「勇気」を使う。
 
さて・・・

どういう訳か、大人になるに連れ、
大事に大事に口座に入れたままの人が多い。
 
・・・そらぁ、もったいないよ(^−^)
一度だよ・・・人生は

さあ、今日も思いっきり使っていこう。
 
使った分だけ、未来の可能性は開かれる。



では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



ある95歳の老人の詩です・・・


〜〜〜〜〜〜〜〜


もう一度人生をやり直せるなら・・・・


今度はもっと間違いをおかそう。


もっと寛ぎ、もっと肩の力を抜こう。


絶対にこんなに完璧な人間ではなく、


もっと、もっと、愚かな人間になろう。



この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。



もっと馬鹿になろう


もっと騒ごう


もっと不衛生に生きよう。



もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にも、もっともっとたくさん行こう。



もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。



もう一度最初から人生をやり直せるなら、


春はもっと早くから裸足になり、


秋はもっと遅くまで裸足でいよう。



もっとたくさん冒険をし、


もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、


もっとたくさんの夕日を見て、


もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。



もう一度人生をやり直せるなら・・・・



だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。


私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?


自分に規制をひき、他人の目を気にして、


起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、


構えたり、


落ち込んだり ・・・・


もっとリラックスしよう、


もっとシンプルに生きよう


たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、


人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。



人生は完璧にはいかない、


だからこそ、生きがいがある。




ではもう1つ


【試練は人を鍛える】


マミュエル・スマイルズの心に響く言葉より…


偉大な人たちは、激しい葛藤の結果、世のために役立つりっぱな業績を遺しました。


■「もし身体が弱くなかったら、あれだけ大きな仕事はできなかったにちがいない」とダーウィンは述べています。


■死が近づいたヘンデルは手足のしびれに襲われ、絶望感と苦痛にさいなまれながらも机に向かい、その名を不朽なものとした名曲をいくつも作曲しました。


■モーツァルトは莫大な借金を抱え、重い病と戦いながら「レクイエム」の最終曲とオペラを作曲しました。


■シューベルトは貧困に苦しみながら32年の短いながらも輝かしい生涯を閉じました。
 
後に遺された財産といえば、着ていた洋服とひと握りの銀貨、それに自分で作曲した曲の楽譜だけでした。


災いは姿を変えた幸せにすぎません。

うまく生かすことによって、何倍もの幸せを手にできるのです。


経験は苦々しいものであっても有益です。

経験を通してのみ、私たちは悩み、強くなることを学びます。


人格は試練によって鍛えられ、苦しみを通して完成されるのです。

富や成功は、それだけでは幸せをもたらしません。


最大の幸福とは、もつれた糸のようなものです。

幸福は悲しみと喜びの組み合わせで、悲しみがあるからこそ喜びは大きくなる。

不幸の後には幸せがあり、私たちを悲しませては、さらに大きく喜ばせてくれます。

『スマイルズの名著「品性論」』三笠書房



「試練や、苦しみや、災いは姿を変えた幸せ」と、すんなり思える人は少ない。

特に、災いが降りかかっている真っ最中の時は、なかなか「幸せ」と思えない。


人間には二通りの人がいるという。

どんな災難の中からも、明るい面をみつけることができる人と、その反対に暗い面ばかりを探し出し、打ちひしがれてしまう人だ。

明るい面を見るか、暗い面を見るのかは、訓練しだいだ。


「心中に喜神(きしん)を含(ふく)む」という言葉があるが、どんなときでも、ニッコリとほほえむ気持を持つことがあるといい。

あたかも、心の中に、喜びの神がいるがごとくに。


「災いは姿を変えた幸せ」

試練や苦しみは、人を鍛え、人間力を高める。






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