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  • 2013.03.24 Sunday
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今年もありがとう!!

 
おはようございます。

元気ですか!!


1年のサロンワ−クをありがとう!!

そしていつもブログを見てくれている皆さん。

ホントありがとう♪

今夜はみんな、同じ夜空を見て

1年の感謝をしましょう♪


では今年最後のすごい人を、今日は3人紹介しちゃいます。




まずはこの方


数ある修行の中でも最も過酷といわれる
『大峯千日回峰行』を満行。

奈良県大峯山の険しい山道を
一日48キロ
千日間のあいだ欠かすこと無く歩き続けた。

さらに、九日間
飲まず・食べず・寝ず・横にならずの
『四無行』を満行。

もし、途中で修行を断念しなければならない場合には、
切腹をして行を終えるという非常に厳しい修行である。
1300年の歴史の中で、未だ2人しか達成していない。

修行の中で得た悟りとはどのようなものか、
教えていただきましょう。

さあ・・・
福聚山 慈眼寺 住職
塩沼亮潤大阿闍梨の登場です!


「日々修行」

23歳の時に『大峯千日回峰行』に入行しました。

険しい山道を、1日48キロ、16時間かけ
年間約4ヶ月
1000日間欠かすこと無く歩き続ける行です。

行の最中体調を崩し、極限の状態の中でも歩き続け
人生の意義を自らに問いながら行じます。

例えばどうしても苦手だと思う人が
世の中にいたとします。

しかしいつまでも、そのことに執われていると、
自分の追い求めている真理を追求することに
100%の力で向かって行けません

人を恨まず、憎まず、忘れて、捨てて、許して、
今ある環境に感謝して、大きなる夢に向かって、
歩んでいくことこそが一番理想的な生き方だと
気がつきはじめます。

でも、頭で理解できても
それを実践するのは、なかなか難しいことで
また悩んでしまう時もありますが

繰り返し、繰り返し実践していると
やがて自分の心と行いがともなってくるようになります

天候や体調が最悪の時もありました。
しかし「行きたくないな」とか「行かなければならない」という
思いは一度もありませんでした

精一杯に行じても行
ただ行じても行です。

しかし、天は全て見ておられます
手を抜いて後悔するより、いつも精一杯生きることです

1000日間の行を終えた後に、飲まず・食べず・寝ず・横にならずの
『四無行』も行じました。

修行に入る前に、親族や友人が集まり、生き葬式を行います。

しかし行に入る前は、不思議と何の怖さも無ければ、
不安もありません。

ただ感謝の気持ちでいっぱいで
もし無事に満行できたなら、皆さまの為に生きて行く
利他の行がしたいとただそれだけでした

行を終え人として大切なことを3つ悟りました。
感謝と反省とそして思いやりです。

良いことをして、悪いことをしない。
とてもシンプルですが基本に忠実に
ぶれない心を持って生きることが
大切だと思います。






そして次の方は


PL学園。

あの桑田や清原が活躍した、甲子園常勝高。

そのPL教団創設者のご令嬢であり、ローマ法王から
世界貢献した女性に送られる「銀のバラ」を日本人で初めて
授与された女性でもある。

創設者の想いを引き継ぐとは?

御木白日様の登場です。


「人生はイメージの造型による自己表現です」

今では日本全国にとどまらず
世界中にPL教団の教会がありますが、

初期のころは、本部の建物も小さく
そこに大勢が寝泊りするようなところから
布教の大きな輪が広がり始めたのです。

偉大な師匠であった父(御木徳近教主)が
会員(信者)の方の救済と幸せを願い
世のため人のため働いておられるのを目の当たりにして

私も人のお役に立てる人間になりたい、
どうしたらそうなれるのだろうかという思いが
頭からはなれず、
日々、修行の毎日でした。

人生は芸術である。

日常生活のすべてにおいて芸術になるように生きること、
自己表現すること
父から教えられていたことです。

そんなある日、父から
「おまえはまだまだ、自分に捕らわれている。

“我なし”の心境にならなければいけない」と
“我なし”とはどういうことなのか?
“自分に捕らわれない”とは?

寝ても覚めても、そのことばかりでした。

ある朝、目が覚めて、部屋のドアを開けた、
その瞬間、なんの前ぶれもなく、ハッ!と電気が走りました。

「白日という神業の自分であって、自分のための自分ではない」
「白日の神業に生きよ」
という啓示でした。
自分は大いなる神、大いなる自然に生かされている。

どんなことも受け入れることができる。

そのときから、世のため人のためになれる力を
いささかでも与えられた気がしました。

神(大自然)からは、お恵みあるのみ、
人は感謝あるのみ、ですね。
本当に、すべてに感謝しております。




さぁ、今年の大トリを飾る方


戦後65年。
今も第二次世界大戦の戦地で野ざらしにされる
115万柱のご遺骨。
 
生きて日本に帰ってきた元将兵の多くも
今だに戦争で悪いことをして憎まれていると思いながら過ごされて
その気持ちのまま亡くなっている・・
心が痛むが、これは事実。
 
めまぐるしい経済発展を遂げ豊かになった日本。
 
私たちがどこかに置き去りにしてしまった
本当の日本の歩みを知り、
感謝の思いで遺骨収集を続ける女性がいる。
 
彼女の9年間の遺骨収集での感謝の集大成が
アパグループ第三回
「真の近現代史観」懸賞論文最優秀賞に輝いた。

さあ・・・
佐波優子様の登場です!


「大東亜戦争を戦った全ての日本軍将兵の方々に感謝を」

遺骨収集を始める前は実家から学校へ通い、
漠然と将来はナレーションや司会をしたいと思っていた。
自分の学校などで精一杯、日本の事や戦争の事に全く関心の無い
普通の学生だった。

もしその時「戦争について、書きなさい」と言われたら
「日本の兵隊は侵略をした残虐な人達だ」と、
学校で教えられたことをそのまま書いたでしょう。

学生最後の年にボランティア活動をしようと思い
たまたま靖国神社の清掃をして
そこで、何気なく、
戦争で死んだ人の遺書を見た。

死に際にして、そこには
ただただ、自分の命のことよりも、

親への感謝やこれから生れてくる日本人への思いが綴られていた。

悪い人と教えられていた彼らと、
この遺書を書いた人は、同じ人だったのだろうか・・・

普通の家族思いの独身の日本人。
孫の世代としてこれまで何の関係も無いと思っていた自分と日本の将兵さんは、
護ってもらった命として、深い繋がりがあるのではないかと、感謝の気持ちが生まれた。

ちょうど、その頃
遺骨収集をしている人がいると知り、すぐに参加した。

9年間の遺骨収集の中で、土を掘り返して
ご遺骨の状態を自分の目で見て、
感謝の気持ちで何度となく涙が溢れた。

日本を護るために、自分が戦車にしがみついて爆弾を止めた人もいる。
日本兵将兵は決して残虐な悪人ではないと、しがみついたご遺骨が物語っていた。

帰国して実際にご存命の将兵さんの話を聞きさらに解釈が変わった。
戦中、日本人に万歳して見送られた将兵さん
お国の為にと戦い抜いたのに・・・

戦後、彼らが戦地から帰ってきたときにはGHQの教えにより、
彼らは”残虐なことをした悪い人“にかわっていた。
生涯を通じて遺骨収集と慰霊追悼を続けいくことは勿論、
今はただただ、ご存命の将兵さんに感謝の気持ちをお伝えしたい
護ってくださった事への御礼を伝えるには今しかない。

大東亜戦争を戦った全ての日本軍将兵の方々に、今こそ感謝を。






では皆さん

よいお年を!!!!



☆感謝☆


社長より

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