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  • 2013.03.24 Sunday
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クリスマス休戦

 
おはようございます。

元気ですか!!



年末はお忙しいことと思います。

実は私今週末から地方出張があり、

ブログの方、しばらくお休みさせていただきます。


27日に再開したいと思いますので

ヨロシクお願いいたします。



では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



江戸時代のお話です。


武士の子供たちは、各藩に設けられた藩校に通いました。


農民や町人の子供たちは寺子屋に通って勉強しました。


その、寺子屋に通う子供たちの日課がすごいんです。


始業時間は朝の8時。


終業は14時〜15時。


休みは毎月1日、15日、25日の月3回、


夏休みはない代わりに、6月1日から2ヶ月間の授業は午前中のみ。


正月、盆、節句は休みがあったそうですが、年間の休日は50〜60日。


その甲斐あってか、当時日本の識字率は世界最高クラスだったといいます。


その後の日本の近代化や、成長スピードも納得できますね♪


学び続ける人生にしていきたいです♪



「もっと知りたい、もっと学びたい……こうした好奇心を失わないことで、人はどんどん成長していくのだと思う」


 by イアン・ソープ(オーストラリアの元競泳選手)




ではもう1つ



「クリスマス休戦」


1914年・第一次世界大戦。冬の12月。


ドイツ軍とフランス軍・英軍が、100メートルぐらいで隔てあう塹壕(ざんごう)戦は、

砲撃の応酬で悲惨なものでした。


その最前線のドイツ軍の塹壕に、クリスマスの日、一人の男が慰問に訪れます。

彼の名は、ヴァルダー・キルヒホフ。


当時、世界で最もチケットをとる事が困難といわれるバイロイト音楽祭に、

1911〜14年にかけて4年連続出演するほどの高名なドイツのテノール歌手です。


ドイツ軍の塹壕から、キルヒホフの美しい歌声が、凄惨な戦場に響きわたった。


それは、100メートル先の敵国フランス軍の塹壕にまでとどいたのでした。

すると、フランス軍の中から

「この歌声は、パリのオペラ座で聞いた、ヴァルダー・キルヒホフのものだ」と叫ぶものがいた。


その歌声に聞き覚えがあることに気付いたフランス将校は、ドイツ軍の塹壕に向かって大きな拍手をおくった。

すると、その拍手を聞いた、キルヒホフは、殺しあって憎むべき敵でありながら、

自分の歌声に拍手を送ってくれた人がいることに感動する。


彼は、相手の気持ちに応えるために、思わずドイツ軍の塹壕から飛び出して、笑顔でゆっくりと敵に向かって歩き出した。


そして両軍の中間地帯(ノーマンズ・ランド)を横断し、拍手を送ってくれた、敵の将校に、

深々と優雅に挨拶をしたのでした。

その瞬間、戦場は、戦場でなくなってしまった。


この様子を見ていた両軍の兵士たちが、塹壕から出て来て敵兵と交流してしまったからである。


休戦というのは交戦国の上層部が取り決めるのが普通だが、

現場の兵士から生じるのは稀なことであった。


人々は、後にこの日の出来事を、「クリスマス休戦」と呼んだ。

歌が、憎しみをこえた瞬間の出来事だった。


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