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  • 2013.03.24 Sunday
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生きている間にどう喜ばれるか

 
おはようございます。

元気ですか!!


実は、ある事情により、このブログをしばらくお休みすることにさせていただきます。

勝手を申して申し訳ございません。

読んでくださいました皆様、

本当にありがとうございました。


では今日、当面のところ最後のイイ話を2つ紹介いたします。



人は大なり小なりコンプレックスを抱えていると思います。

「コンプレックス」ってなんとなくネガティブなイメージがありますが

そんなことないようです♪


京都で【伝説の芸妓】と言われる岩崎峰子さんは著書[祇園の教訓]のなかでこう言っております。


「人見知りの性格が幸いしたのかもしれないと思うことがあります。

もし、私に誰とでもすぐに親しくなれるという

犧庸臭瓩あったら

どうやってお客様を楽しませたらいいのか、

努力することはなかったと思います」


口下手だったから、芸を磨いた。

社交的で口が上手かったら

芸を磨く努力をしなかったかもしれない。


さらに、マイクロソフト社のビル・ゲイツさんは

少年時代感情的で傷つきやすく、

とても反抗的だったそうで、

発達の問題でずっとセラピーに通わされていたといいます。


学校時代はいじめられたり、からかわれたりしたそうです。

そんなコンプレックスを抱えたゲイツ少年は、

それをバネにして12歳のときに出会ったコンピューターに没頭しました。

そしてご存知の通り、世界一のお金持ちと言われるまでになりました。


参照「ネガティブのすすめ」



ではもう1つの話


【生きている間にどう喜ばれるか】


小林正観さんの心に響く言葉より…


ガンを宣告され、毎日さまざまな健康法、食事療法を5年間続けてきた、という方がおられました。

その結果、ありとあらゆる頼まれごとをすべて断って、自分の健康をとりもどすことを第一として生きてきた。


しかし、5年経ったところでふと「私は何のために体を治そうとしているのだろうか」と思ったそうです。

頼まれたことをすべて断って生きてきたのですから。

元気になったらやるけれども、元気になるまでは病気のせいで引き受けられない、と5年間思い続けてきた。

その結果、何のために生きているのかわからなくなった。


その時にたまたま私の講演会においでになって、「人生は頼まれごとをすること」という話をきっかけに、これからは自分が何をしたいかではなく、もういつ死んでもいいから頼まれごとをして喜ばれるという人生に切り替えよう、と決意なさったそうです。

自分の病気を治してから頼まれごとをやろうと思っていたけど、それでは今この瞬間を生きていることの意味がぜんぜん無いではないか、と思い、次の日から頼まれたことをやり始めたのです。


毎日病気を治す健康法のために費やしていた時間やお金を、頼まれごとをするために使い始めた。

そして、それ以来すでに3年経ちますが、その後忙しくて、一度も病院へ行っていないそうです。

とてもお元気そうでした。

ちなみに、この方は最近ホノルルマラソンに参加し、完走しました。

誰もが「奇跡」と驚いています。


もし神という存在が上から見下ろしていたとすると、その人が病気であるかどうかは関係がない。

喜ばれる存在をまったくやっていない5年の間は、神はこの人を応援支援しようとは思わないのかもしれません。

その人がどんな病気を背負っているかではなくて、喜ばれる存在であるかどうかを神は見ているらしく、病気であろうがなんであろうが、その与えられた状態のなかで、喜ばれるようにと思って生きていたら、神は、この人をもうちょっと長生きさせようかな、と思うのではないでしょうか。

なぜならこの人が生きていることが、周りを喜ばせているのですから。


私たちの人生は、長生きすることがテーマなのではありません。

生きている間にどう喜ばれるか、だけです。

喜ばれることだけをやっていれば、神仏が支援の側にまわる可能性がある。


限られた条件のもとで、たとえば病院のベッドの上にいても、お見舞いに来てくれた人に、不機嫌にならずに笑顔で穏やかに応対して、その人をホッと安心させて帰ってもらうことができたら、それだけで喜ばれたということです。

そういう一瞬一瞬の積み重ねをやっていけば、それ以外のことは考えなくてよいらしいのです。

ある一点について問題をどうにかしよう、とか、ある人に好かれたい、とか、この商品を営業努力によって売りたい、と思って努力するよりも、神や宇宙を味方にして今この瞬間を生きていくことのほうが、実は早道なのかもしれません。

『楽しい人生を生きる宇宙法則』講談社




相手に喜ばれない存在は、「不平不満」、「愚痴」、「泣き言」、「悪口」、「文句」を言う人。

そして、この状態が続きさらにエスカレートすると、「恨み」、「憎しみ」、「呪(のろ)い」となる、と正観さんは言う。


その反対の喜ばれる存在は、「ツイてる」、「うれしい、楽しい」、「感謝」、「幸せ」、「ありがとう」、「ゆるします」という言葉をいつも言っている人。

これは斉藤一人さんがいう、家庭も職場も明るく、楽しくなる、「天国言葉」。


単なる人数合わせで頼まれるようなことは断ってもいいが、それ以外の頼まれごとは進んで引き受けた方がいい。

どうせ引き受けるなら、ニコニコ笑って引き受けるか、文句をいいながら引き受けるかは大事な問題だ。


人に喜ばれる人生を歩みたい。









ここよりほかはなかりけり

 
おはようございます。

元気ですか!!


今日はブログデーではありませんが、明日書く時間がないので、
本日アップいたします。


失敗しないことが、成幸の秘訣ではない。
 
「失敗」しても、次に進むことの先に「成幸は待っている」のです
 
ポイントはここ
人として、失敗をしない人より、
失敗を恐れない人の方が強い存在なのです。
 
そういう人は、失敗と考えずに、経験と捉えるのですね。
 
ということで・・・
失敗と言われる事が多いほど、やる気と自信に満ちてきます。
そして・・・
失敗の数だけ、質の高い知識が身についていくようですよ


では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!


【世の中はここよりほかはなかりけり】


医師の高田明和氏の心に響く言葉より…


「世の中はここよりほかはなかりけり、よそにはゆかれず、わきにゃおられず。

世の中は、今よりほかはなかりけり、昨日は過ぎつつ、明日は来たらず」


禅では「即今(そっこん)、今」などといって、今、この場所以外に行く場所はないということを自覚させようとします。

私たちはとかく、

「もし別の仕事をしていれば、もっとうまく行ったのに」とか

「こんなところにいるはずではなかった。これでは将来がない」

などと思いがちです。

このように、今やっていることに全力をあげず、別のところにもっと良い人生があるはずだ、あるいはあるはずだったと考えるのが私たちだとも言えるのです。


このような浮ついた考えを正すために

「放られたところで起きる小法師(こぼし)かな」

(小さなだるまはどこに投げられても、そこで起き上がる)という言葉も使われます。

今を軽んじて、よそでは何かもっと良いことがあるのではないかと考えることを戒めているのです。


歌にある「わきにゃおられず」という言葉にも意味があります。

私たちはつい自分のことを他人事のように言う傾向があります。

私たちは今この瞬間の主役であり、脇役ではないのです。

自分が今、この仕事をしているのであって、他人がしているのではありません。


同じことは時間についてもいえます。

昨日のことをあれこれ考えても、もう過ぎてしまったことだ、明日のことをいろいろ心配しても、明日はまだ来ないので何が起こるかわからないというのがこの歌の意味です。

『魂をゆさぶる禅の名言』双葉社



玄峰(げんぽう)老師がいつも口にしていた言葉が、この「世の中はここよりほかはなかりけり」だ。

静岡県の三島に、山岡鉄舟が江戸から通ったという、白隠禅師ゆかりの名刹、龍沢寺(りゅうたくじ)がある。

しかし、戦後荒れ果て無住の寺のようになってしまったのを、歴代首相も訪ねる寺として、立て直したのが山本玄峰老師。

終戦の天皇陛下の言葉「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍び」という文言も玄峰老師の進言によるという。

玄峰老師は、和歌山県の紀ノ川に、捨て子として捨てられていたが、その後、寺の住職に助けられ、禅の道に進んだ。


「放られたところで起きる小法師(こぼし)かな」

人生には時として、思わぬアクシデントが起こり、試練や苦難がやってくる。

しかし我々は、どんな状況になろうと、起き上がり小法師のように、放り投げられたところで、起き上がるしかない。


また、どんな予言者であっても、明日どうなるのか、それどころか一瞬先がどうなるのかさえわからない。

同様に、過去を変えられる人もいない。


人生は、「即今(そっこん)」

今しかないと思い定め、くよくよ心配せず、この瞬間を懸命に生きたい。



ではもう1つ


私の父はとても短気で、すぐにキレるし怒鳴るし、でも普段の時は無口でいつも煙草を吸っている、そんな父があまり好きではなかった。

私のこと、大切に思ってくれてるのかな?と思うときも時々あった。


そんな中、私は中学受験をするために勉強をしていた。

家で教えるのは父の係で、毎日毎日父が付きっきりで勉強をした。

でも、出来なかったら「ここはさっき教えたばっかりだろ」と言って怒られたりした。


でも、いい中学校に行きたくて頑張って頑張って勉強した。


そして、あっという間に時は過ぎてとうとう第一志望の中学の合格発表の日。

正直いって自信があった。

でも結果は不合格、ショックで涙も出なかった。


その帰り、父が車で迎えに来てくれた。


「どうだった?」


「ダメだった…」


「…そうか」


父はそう言ってあとは何も言わなかった。


車に乗ってしばらくしてから、私はふとバックミラーをみた。

すると、あの一見冷たい父が目を真っ赤にして歯を食いしばって、必死で涙を堪えていた。

それか私が見た初めての父の涙だった。


その瞬間、私の目からも大粒の涙が止めどなく出た。


そんな父が今は大好きです。



人間とは

 
おはようございます。

元気ですか!!



自分が変わるだけで、すべてうまくいく。
 
・・・そうか、自分がわるいのかぁ、じゃなく
 
自分が「もっとの自分」に成長したら、
 
すべてうまくいくに決まってる。
 
ってことですよ(^−^)


では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



人間とは何か?

自分とは何なのか?


この答えを、古代ギリシアの哲学者“エピクテトス”さんはこう言いました。


「自分とは何であろうか。


明らかに、自分の手は自分の手であって自分ではない。

自分の心臓も、自分の心臓であって自分ではない。

自分の頭も、自分であって自分ではない。


自分とは、自分で自由になる部分、


すなわち、


意志である」




ではもう1つ



父とは仲は良いけど、俺は恥ずかしくてオヤジとは言えない関係です。


頭も良くとても尊敬できる人です。



俺が高校生のときに1人でビールを飲んでいて怒られたこともはっきり覚えている。


俺が大学に入って20歳の誕生日にはマッカランというウイスキーを送ってきた。


いつしか志向がかわり大学を中退して田舎を遠く離れてフリーターになった。


次の誕生日にはボウモアというウイスキーを送ってきた。


久々に実家に帰ると父は仕事から帰り、


普段はほとんど飲まないビールを出して


「たまにはビールでも飲むか」と出してきた。


お互い恥ずかしいのか乾杯しないまま飲み始める。


「ラフロイグという酒も面白いぞ」


と教えてくれた。


俺はウイスキーにどっぷり嵌っていった。


いつの日か初めて父にラフロイグの15年という酒を送った。


喜んでくれたが


「もったいなくてまだ飲んでいません」とメールが。


たしかに俺から物を送るなんてめったになかったからかもしれない。


そんな父が今年不意の事故で亡くなった。


言葉が出なかった。


家族の前であんな号泣したのは初めてだ。


贅沢は言わないから1時間でいい。


一緒にウイスキーを飲みたい。


声を聞きたい。


今でもあなたの息子であることを誇りに思っています。


とりあえずで、いいじゃないの

 
おはようございます。

元気ですか!!


 
自分が生きるために働く。
 
なるほど、その通りだ。
 
そして、もうひとつ付け加えて、
 
誰かの笑顔のために働くほど、
生きることが楽しくなる


では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!


ご存知ですか!

「人」・「物」・「出来事」は追うと逃げていっちゃいます。


あなたは、経験ありませんか?


「幸せ」も一緒で、追うものではないようですよ(^−^)

引き寄せて、受け入れるものなのですね。


手に入れようと追いかけると、

逃げられて不幸に感じてしまいます。

大切なことは、いかに喜びを与えるかです。

気にかけているからこそ、気付く事があるのですね。


喜びを与えている人には、

「人」・「物」・「出来事」が、

喜びの波動を持って引き寄せられてくるようですよ。


目の前の人を気にかけてあげてくださいね。



ではもう1つ


2001年夏。

漁船のエンジントラブルで、37日間の漂流ののち、通りかかった大型漁船に発見され、救助された。

長崎県から、千葉県銚子沖800キロまで流された。


食料も水も無く、世間からは絶望であると思われていた。

体力が衰えるなかで、

キーホルダーで作ったルアーで魚を釣り、

海水をやかんで蒸留して水滴をなめ、

果ては小便まで飲んだ。。。


彼の名は【武智三繁】

 〜〜〜

ある人が言うには、あきらめるって仏教の言葉らしいんだ。

それも悪い意味じゃなくて、あきらかにする、

あきらかに見るっていうことだって。


漂流しているとき、なるほどその通りだって思ったよ。

だって、水がもうないってことはあきらかなんだから。

水はないんだぞってことを、ちゃんと自分にも納得させるっていうことが、あきらめるってことなんだ。


自分の状況をあきらめれば、いろんなことが見えてくる。

水はもうないぞ、でも自分は生きている。

手も足も動く。

だったら、その動く範囲で何かはできるはずだって。


そのできることは、とりあえずやっとこうと。

とりあえず、だよ。


とりあえずで、いいじゃないの。


とりあえず、魚釣ってみた。

とりあえず、海の水を沸かしてみた。

とりあえずの繰り返しで、俺はなんとか生き続けたんだもの。


あきらめて、あきらめて、とりあえず、とりあえず何かやって、あの37日間を生き抜いたんだもの。

俺は、頑張って生き延びたわけじゃないんだ。

頑張って、必死になってたら、きっといまここにはいられないだろうと思うんだ。


頑張り続けることは、しんどいもの。

頑張り続けていたら、きっとどこかで、息切れしちゃってたと思う。

他の人のことはわかんないけどさ。

俺は頑張らなかったから、生きられたんだ。


だから俺は、辛い目にあっている人に言ってやりたい。

頑張らなくっていいんだよ。

力を抜いていいんだよって。


それで、とりあえず、自分にやれることをやったらいい。

疲れたら、休みながら。

とりあえず、できることだけやってみようって。

それでいいんだよっ、て。



思いやりとは

 
おはようございます。

元気ですか!!


チャレンジあるのみ(^−^)
 
前を向いて歩き始めた、
 
その瞬間から・・・
 
あなたのすべての過去が意味を持ち、
 
そして、輝きだすからね。
 

では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



「自主」「自由」で生きましょう(^−^)


生きていくために諦めて、

「他主」「束縛」の生活になっていませんか?


私たちは、勉強と努力をすることで、

「自主・自由」に生きられる存在のようです。


今までの社会生活を行いながらも、可能なことなのですね。


しかし・・・

「自主・自由」には当然「自己責任」が伴います。

そのことが腑に落ちてくると、

自ずと自らの意思決定による行動が、変わってくるようですよ。



ではもう1つ


仙台に住むあるご夫婦がいた。


大きな地震のあと、家から逃げなくても大丈夫だろうと、自宅に留まった。
近くまで津波が来ているからと、二階に上がった。
すると、旦那さんが、「大切なアルバムだけは持ってこよう」と一階に降りていった。
そこへ津波がやってきて、旦那さんを飲み込んだ。

奥さんは、二階の窓から、旦那さんが流された方向を見て、旦那さんを探した。

濁流の中、旦那さんは奇跡的に水の中から顔をだすことが出来た

もし、キミがその旦那さんだったら、どういう行動を取るだろうか?

私なら、「助けてくれ〜!」と叫ぶかもしれない

その旦那さんは、なんと奥さんに向かって「ガッツポーズ」をして、
笑顏で手を振って水の中に消えていったと言うんだ

この話を伺って、嗚咽を止めることができなかった。

また、思いやりの体現だと思った。


思いやりとは、相手の立場になって、モノを考え行動できること

旦那さんがもし「助けてくれ〜」と叫んでいたら、
残された奥さんは、最後に見た旦那さんの姿が忘れられず、
そして、「どうして助けてあげられなかったのか」と、
残りの人生を悔やむことになっただろう。

しかし、旦那さんが「ガッツポーズ」で笑顏で最後の姿を残したからこそ
奥さんは、残りの人生、後悔なく生きていけるだろう。

旦那さんのガッツポーズには、
今までありがとう!幸せだった!という意味も込められていただろう。
旦那さんの笑顏で手を振って水の中に消えた姿には、
僕の分まで長生きして、人生楽しむんだよという意味も込められていただろう。

何気ないこの日常の生活こそが宝物なんだね。

だからこそ、愛を体現しよう。

愛とは、思いやり
思いやりとは、相手の立場になってモノを考えて行動できること

そんな大人になるために、
がんばります!!






私はまだ妻のことが分かるんです

 
おはようございます。

元気ですか!!


花は
 
どこでも精一杯
 
咲こうとする。
 

私たちも、お役目を頂いたところで

精いっぱい咲こう(^−^)


では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



【賞賛を浴び続けてきたのが富士山】


小林正観氏の心に響く言葉より…


『富士山は「二つとない素晴らしい存在=不二(ふじ)」と「賞賛」を浴びてきた。

そのエネルギーやパワーの蓄積が、人にパワーを与え、元気にする。』


人から賞賛を浴び続けてきたものは、「賞賛」を貯金のように貯めてパワーやエネルギーの塊にしているような気がします。

富士山などは、累計で見ると、何億人どころか何十億の人から「すごい」「素晴らしい」と賞賛を浴び続けてきたのですから、それを見た私たちがエネルギーやパワーを感じて元気になっていくのも当然のことでしょう。


いわるゆ御神木も巨木も、また、見事な建造物や仏像も、それらは「すごい」「素晴らしい」と賞賛を浴び続けてきた存在です。

それらをすべて兼ね備えた神社やお寺であれば、「そこへ行くだけで元気になる」というパワースポットになっていたとしても不思議ではありません。


これは、人の場合でも同じこと。

多くの人から賞賛されてきた人物は、やはりパワーやエネルギーを内に貯めています。

だからこそ、そういった人たちの近くにいれば、「高いエネルギー」を浴びて、こちらも元気になる。

逆に、もし人を「素敵だ」とか「素晴らしい」と思ったら、遠慮なく相手を賞賛しましょう。

そうすれば、相手はエネルギーを貯めてどんどん元気になってくれて、あとでそれを「私」に返してくれます。

『心を軽くする言葉』イースト・プレス



自分にパワーがないときは、人にパワーを与えることはできない。

ガソリンがカラカラの状態で、車が動けないのと同じだ。


昨今は、パワースポットブームだ。

元気をもらえる場所、癒されるところへ人は集まる。

その象徴が富士山。

富士山ほど、古来より歌に読まれた場所はない。


「世の人の およばぬ物は 富士のねの 雲居(くもい)に高き 思ひなりけり」(村上院)

「晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 もとの姿は 変わらざりけり」(山岡鉄舟)

「万国の 博覧会にもち出せば 一等賞を取らん 不尽山(ふじさん)」(正岡子規)

「いにしえの 登呂村(とろむら)びとが 仰ぎけむ 富士の神やま いまも空にそびゆ」(土岐善麿)

「雪の富士 車窓に映(は)えて おのづから 帽(ぼう)を取りたり 旅する我は」(田谷鋭)


日本では、古来、日本武尊(やまとたけるのみこと)の時代より、「国誉(ほ)め」といって、役人が新しい任地に向ったとき、その土地を誉(ほ)める歌をうたったという。

人も、場所も、ほめられれば、ほめられるほど、そこに良い気や、パワーが集まる。


震災のあと、多くの日本人は元気をなくしている。

だからこそ、今ほど、誉(ほ)めることが必要とされている時代はない。



ではもう1つ



80歳くらいの年配の紳士が指の抜糸をしてもらいにやってきた。

彼は9時に約束があって急いでいたので私はすぐに診察することにした。


傷を診てみると、

もうほとんど治癒状態で私は抜糸をすることにした。


傷の処置をしながら、

なぜそんなにお急ぎなのですか、

と訊いた。


老紳士は、


老人ホームの妻といっしょに朝食を摂ることになっているんです、

と答えた。


彼の妻の健康を尋ねると、


認知症で老人ホームにすこし前から入居しているんです、

と言った。


それでは遅れると奥さんが困りますね、

と問うと、


老紳士は、


妻は数年来もう私のことが分からないのです、

と答えた。


「もうあなたが分からないというのに、

あなたは毎朝奥さんのところに行かれるんですか?」


紳士は私の手を軽くたたいて微笑んで言った。


「妻はもう私のことが分からないですが、

私はまだ妻のことが分かるんです」



時間は有限だと知った時

 
おはようございます。

元気ですか!!


自分が成長したと感じれる時。
 
それは、他人さまから感謝され、
必要とされる人になれたと感じた時。
 
誰からも感謝されずに自己成長したとは言えないよ。
 

では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



ドイツの哲学者、ハイデッガーさんは言いました。


「人は死から目を背けているうちは、自己の存在に気を遣えない。


死というものを自覚できるかどうかが、自分の可能性を見つめて生きる生き方につながる」


僕らの人生に与えられたルール・・・


いつか必ず死ぬということ。


他人事じゃなく、


自分の事として自覚できた時、


時間は有限だと知った時、


愛する人と過ごすのも、


大好きな子供と一緒にいられるのも、


本気で何かに打ち込めるのも、


全部いつかは叶わなくなる日が来ると気付いたとき・・・


その瞬間が愛おしく感じられます。


何気ない朝の会話も、


電車の前に座っている他人さえも、


存在しているものすべて、輝いて見えてきます。


昨日亡くなった人たちが、


どうしても生きたかったであろう、


今日を生きています。


むずかしいことをしなくてもいい、


いつもより少し笑顔で生きるとか、


今までよりちょっと頑張ってみるとか、


おかずを一品増やすとか、


そんな些細なことからはじめてみましょう♪



「人生には二通りの生き方しかない。


ひとつは、奇跡など何も起こらないと思って生きること。


もうひとつは、あらゆるものが奇跡だと思って生きること」


 by アインシュタイン(理論物理学者、ノーベル物理学賞受賞)




ではもう1つ


心に響くお話を紹介させて頂きます。


 〜〜〜


今日は兄の誕生日だ。

10才年上の兄は、私が10才の時に両親を事故で失って以来、

ずっと私を育ててくれた。


兄は私を育てるために大学をやめ、働きながら私を育ててくれた。


口癖は「お前は俺の半分しか父さん母さんとの思い出がないんだから」だった。


授業参観にも学校祭にも体育祭にも三者面談にも、いつも兄が来てくれた。


周囲のおばさま方の中で、明らかに兄は浮いていたが
それでもいつも兄は会社で休みをもらって学校に来てくれた。


私が初めて作った料理とも言えないようなものを、

美味しいと言って全部食べてくれた。


仕事で疲れているのに、家に帰ってきてから

学校での話を聞いてくれたり、宿題を見てくれたり、

学校への連絡ノートも毎日欠かさず書いてくれた。


土日も私と遊んでくれて、色々なところへ連れて行ってくれた。


そんな兄には自分の時間なんてなかったように思う。


友達の髪型を見て、私もお団子ヘアにして欲しい、

友達のお母さんならやってくれたと言った時、

慣れない手つきで一生懸命作ってくれたのに、

こんなんじゃない、お母さんに会いたい!と兄をなじってしまった。


兄はそれを聞いてごめんと泣き出してしまった。


あの姿を思い出すたびに、兄も両親を事故で失った子供だったんだ、

と今でも泣きそうになる。



その兄が、一年前両親と同じように事故で突然この世を去った。


兄が死んだ時、私は兄が両親を失った時よ り一才年上だった。


兄は20歳で両親を失い、私は21歳で兄を失い、途方にくれた。


兄はこの状態で、小学生の私を育ててくれたのかと思うと、

それがどれだけ大変だったかと思って涙が出る。



兄は、私がいたせいで友達と遊びにも行けなかった。


恋人も、出逢う暇さえ私が奪ってしまった。


たくさんたくさん、ごめんなさいとありがとうも言えないままだった。


「幸せになれ」っていつも言ってくれたけど、

兄の幸せはどこにあったのだろう。

今も考えてる。


もう兄に何も返すこともできないけど、兄のおかげでここまで来れた人生、

恥ずかしくないように生きられるように頑張ろうと思う。


お兄ちゃん、天国で見ててね。


今からでもお父さんとお母さんに甘えてるといいな 。



考える前に実行

 
おはようございます。

元気ですか!!


「信じあえる」
そんな仲間と共にいきてゆく!
「信じあえる」
そんな仲間づくりができる人間になる!
全ては、自分からはじまる。


では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!


「考える前に実行あるのみ」
 
迷うから行動が止まるのか、
行動しないから迷うのか、どっちだろう?
 
迷うからこそ行動が止まると考えるのが普通だろうが・・・
 
行動しないからこそ道が見えなくなり迷うという事なのですね。
 
「行動しないから迷う」という考えです。
どんなに苦しい状況でも、
ときには絶望かと思われるような状況でも、
必ずできることは何かあります。
 
考え込んでも、活路は見出す事はできなねぇ。
ということは・・・
 
立ち止まることなく、行動し続けることなのです。
 
行動し続けている人にとっては、迷いはない。と言いきってもいい。
きっと・・・
迷って行動を止めた時間が長ければ長いほど、
 
迷路から脱出することは難しくなるのです。
なぜなら・・・
行動しないという行動が染み付いてくる。
 
習慣とはそういうものだ。
だからこそ意識をして、
 
好ましい習慣をつけていくことが大切なんですよ(^−^)



ではもう1つ


「顔の傷」


私は母の顔がすごく嫌いでした。

なぜなら大きなやけどの跡があるからです。


よそのお母さんはあんなに綺麗なのに何で私のお母さんは・・・

とか、何でこの人が母親なんだろう

とさえ思ったことがありました。


そんなある日のこと。


その日の四時間目に、私はあることに気づきました。

夕べ徹夜で仕上げた家庭科の課題が手元に無いのです。

どうやら家に置いてきてしまったようです。


あたふたして勉強も手につきません。


家庭科の授業は五時間目。

私は昼休みに自宅まで取りに帰る事を決心しました。


四時間目も終わり帰る準備をしていたところ、クラスメートが、

めぐみ〜、めぐみ〜、お母さん来てるよ、と言いました。


私は、はっとしました。

急いで廊下に出てみると、なんと、母が忘れた課題を学校まで届けに来ていたのです。


「なんで学校にきてるのよ!取りに帰ろうと思ってたのに!」と息を立てて問い詰めると、

『でも、めぐみちゃん夕べ頑張ってやってたから・・・』といいました。

私は、「おばけみたいな顔して学校来ないでよ、バカ!」


と言って母から課題をひったくるように取り上げるとすたすたと教室に入っていきました。


自分の母親があんな顔をしていることを友人達に知られてしまったことで、私は顔から火が出る思いでした。


その日の夕飯後のこと。

私は父親に呼ばれました。


昼間のことで怒られるのだろうな・・・と思いました。

すると父親は予想に反してこんな話をはじめました。


お前がまだ生まれて数ヶ月の頃隣の家で火事があってな。

その火が燃え広がって、うちの家まで火事になったことがあったんだよ。

そのときに二階で寝ていたお前を助けようと、母さんが煙に巻かれながらも火の中に飛び込んでいったときに、顔に火傷を負ってしまったんだよ。


今、お前の顔が綺麗なのは、

母さんが火の中に飛び込んでいってお前を助けたからだよ。


私はそんなことは、はじめて聞きました。

そういえば今まで火傷の理由を母から聞いても、あやふやな答えしか返ってきたことはありませんでした。


「なんで今まで黙ってたの?」

私は涙ながらに母親に聞くと、


『めぐみちゃんが気にすると思ってずっと黙ってようと思ってたんだけど・・・』

といいました。


私は母への感謝の気持ちと、

今まで自分が母親に取ってきた態度への後悔の念とで、

胸が張り裂けそうになり、

お母さ〜んと言って母の膝の上でずっと泣いていました。


今では自分の母の顔のことが誇りにさえ思えるようになりました。


家族を、私を守ってくれた母のこの顔の傷のことを・・・。

 

人との出逢い

 
おはようございます。

元気ですか!!



「早く何度も失敗せよ」って・・・よく先輩から言われました(^−^)
はい、私の経験です。
 
今のシゴトをさせていただくようになってからは、
こんな言葉もよく耳にします。
 
「失敗はイノベーションのプロセス」
 
「失敗こそ私の強みの源泉」
 
「失敗を財産だと見られるかどうかが、未来への土壌の目安になる」
 
「一度も挫折したことのない人を見ると、
経験から何を学べたのだろうかと不思議に思う」
 
失敗そのものをどう捉えられる環境にいるかも重要かな。
チャレンジして、失敗する事があたりまえという環境のなかで育った人は、
未来は絶えず可能性で満ちあふれている。
反対に、失敗自体を、社会的に受け入れないような環境にいる場合は、
残念ながら「自立型精神」は育っていかない。
 
さて、環境は自分がどこに身を置くかの選択で決まるとも思います。
あなたはどちらの環境から、影響を受けているだろうか?



では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!


人との出逢い

これは奇跡


僕達が毎日一人と出逢っていったとしよう

日本人全員と出逢うのに35万年もかかる

あなたの人生があと50年だったとしたら

一年で260万人

一日で7000人の人と出逢って行かなければ

日本人全員と出逢う事は出来ない


世界に広げてみたら気が遠くなる


僕達が出逢える事は奇跡なのです


そんな奇跡の出逢いの数々を大切にしていこう


出逢ってくれてありがとう




ではもう1つ



俺の会社の友人。


4年ほど前に交通事故で奥さんと当時4歳の長男を亡くした。


飲酒運転の車が歩行中の二人をひき殺すというショッキングな内容で、


ワイドショーとかでも取り上げられたほど凄惨な事故だった。


後日談を聞くと加害者の家族もかなりつらい日々を送ったようで、


今となっては同情はするが、


当時は友人の悲しみよりも加害者への怒りが大半だったのを憶えてる。


まだ娘(当時1歳)がいたことがせめてもの救いだったけど、


葬儀に出席した会社の女の子なんか、


その娘の顔を見るなり泣き崩れてたよ。


その後仕事も辞めようと思ったらしいが、


娘のためにと仕事には復帰。


しかしその後の育児、


仕事などは大変だったと思う。


俺もそうだが会社やご両親、


ご近所さんも含めて何かと気に掛けて助けられることは助けてきた。


で去年、


そいつが事故後初めて家に招待してくれて、


数人で一緒に鍋をつついた。


そしてある和室を見せてくれたんだけど、


その部屋だけはまったく片付けてなく洗濯物とか黄色くなってたたんであるまま。


透明の衣類ケース?みたいのやおもちゃも無造作に置いてあって、


奥さんと長男が最後に使っていた部屋ということで当時のまま残してるとの事。


で、気丈なそいつも、


今でもその部屋を見るととても直視できない状況で、


俺らに説明しながら涙があふれてきてる。


そしたら娘が来て、笑いながら


「お父さんがんばろうね。裕太くんが見てるもんね。」って言うんだよ。


裕太ってのは長男の名前なんだけど、


当時のことなんか娘は知るよしもないわけで、


つらい事だけど娘にはちゃんと説明してるんだよね。



二人でお母さんやお兄ちゃんのことを忘れないで、


そうやって声を掛け合ってるわけよ。


励まそうと思ってやってきた俺らだけど、逆に力をもらったよ。


酒が入ってたのもあるけど、


どんどん涙が出てきて・・・泣いた。



「死ぬことがわかっているから命は大切なんだ。」

 by テルー(ゲド戦記)




一生住んでもいいと思った国

 
おはようございます。

元気ですか!!



言語習慣
「〜したい」と
「〜しなければならない」
 
平素、あなたは、どちらの言葉を無意識に使っているのでしょう?
 
子供の頃は「〜したい」がいっぱいあったし、そこでワクワクもした。
 
しかしいつの間にか「〜しなければならない」を多様する毎日(;一_一)
 
いったい・・・
どこで切り替わってしまったのかな。
 
「〜しなければならない」を使えは使うほど、
あなたには、「〜しなければならない」事がどんどん増えてくる。
 
「〜したい」を意識的に反復すればするほど、
人生の中で「〜したい」コト沢山現れて、
自分の人生を「〜したいコト」で充満する事ができるようになる。
 
言葉は未来の達成予言です(^−^)
 
どちらの人生を選択するかは、
毎日の生活のなかで、どちらの言葉を選択するかにかかっているのだ。
毎日使っている言葉は、反復の結果、無意識に使うようになったものです。
 
ということは・・・
今一度意識して自分の使っている言葉をチェックし、改善していきましょう。
未来が変わります。



では今日もイイ話を2つ紹介しちゃうね!!



外国を旅した男が故国に帰り、


各地を訪れて成し遂げた多くの英雄的な偉業を、


たいそう自慢していた。


中でも、


彼がロードスを訪れたときに、


誰一人としてそばにも寄れないほど


遠くまで跳んで見せたことを自慢し、


そこでは多くの見物人がいたので


みんなが証人になっている


とまで言い切って鼻高々であった。


それを聞いていた見物人が話を遮って言った。


「なあ、旦那よ。


それが本当なら何も証人なんか要りゃあしねえ。


ここをロードスだと思って俺たちの前で跳んで見なせえ」





ではもう1つ



【一生住んでもいいと思った国】


数学者にして大道芸人のピーター・フランクル氏の心に響く言葉より…


フランス人といっしょに仕事をするのにはいや気がさした。

一所懸命頑張ると馬鹿にされるからだ。

「いくら働いたって給料は同じじゃないか」…。

ぼくは数学もパフォーマンスも大好きだから一所懸命やる。

それがフランス人にはわからない。

フランス語を話しても、彼らはそれを当然だと思う。

些細なまちがいでも鼻で笑う。


アメリカはもっと極端だ。

お金しか通用しない世界である。

「そんなに頭がいいのに、なぜ億万長者にならなかったの?」と聞かれて絶句したことがある。


しかし日本人はぼくが何年この国で生活していようと、日本語が話せることを高く評価してくれる。

日本はものごとを知っている人が尊敬され、努力する人を認める社会だ。

日本にいるとさまざまな仕事にチャレンジしてゆく意欲がわいてくる。

父はぼくに「財産は頭と心のなかにある」と教えたが、日本にはそのことばを理解する人たちが住んでいると思う。


そういえば、アメリカやフランスでは、日本よりずっと喧嘩が多い。

ぼくは人と罵りあうのは好きではないが、フランスでは一ヶ月に一度は誰かと喧嘩せずにはいられなかった。

どんな場合にも、自分の態度をはっきりさせることを強いられるからだ。

日本人のあいまいな態度は非難されがちだが、そこには、人と人との関係をなめらかにし、たがいに穏やかに生きていくための知恵やしくみが隠されているような気がする。


ぼくには自分の国はないが、地球上のどこかの国に住まなくてはならない。

いまある国のなかから選ばなくてはならないとしたら、日本がいちばんいい。

ぼくがはじめて一生住んでもいいと思った国、それが日本なのだ。

『数学放浪記』晶文社



ピーター・フランクル氏は、国際数学オリンピックの金メダリストにして大道芸人。

ハンガリーからフランスに亡命し、世界の80カ国以上をめぐり、日本語を含む11カ国語をあやつる。


曖昧(あいまい)な表現は、世界的には通用しない、立場を鮮明にし、はっきりと意見をいいなさい、とはよく言われることだ。

しかし、フランクル氏は、曖昧な態度こそが、お互いが穏やかに暮らすコツだという。


拓殖大学教授の呉 善花(オ・ソンファ)さんは、『日本人の曖昧力』(PHP新書)の中で、

「日本人は物事をはっきり言わない、主体性がないなどと、外国人から批判されるが、曖昧だからこそ安全で豊かな国になれた」と言っている。


頑張る人が、認められ、誉(ほ)め称(たた)えられる世は健全だ。

良いことをしている人を、シニカルに見る人、すなわち、皮肉を言ったり、冷笑したりする人は温かさが足りない。


「一生住んでもいいと思った国」といわれた日本。

その想いを裏切らないためにも、「頑張る人」を温かく応援する人でありたい。






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